夏の札に、君を追う ― 第二部・秋冬編

夏の札に、君を追う ― 第二部・秋冬編

夏の札に、君を追う

第二部・秋冬編 ―― 九月から正月まで

第一章 九月――優勝のあと

夏の全国大会で優勝してから、三週間が過ぎた。

大学のキャンパスには、少しずつ秋の気配が漂い始めていた。

僕――桐生蓮は、法学部の講義を終えると、そのままかるた部へ向かった。

夏に頂点へ立った僕たちだったが、部員たちの気持ちはもう次へ向かっていた。

次の団体戦でも優勝する。

今度は、偶然の勝利ではない。誰が見ても強いチームとして勝つ。

練習場では、紗季が一人で札を並べていた。

「早いね」

「蓮こそ」

幼いころから変わらない光景だった。けれど僕たちはもう、A級の選手だった。

兄の怜は医学部で学び、かるたから離れている。僕は法律を学びながら、かるたを続ける。そして紗季は教育を学びながら、さらに高みを目指していた。

兄を追うだけではない。僕自身のかるたを作る。

それでも、紗季に認めてもらいたいという気持ちは、夏を越えても消えなかった。

第二章 十月――次の頂点

十月。部では次の団体戦を見据えた練習が始まった。

夏の優勝で、僕たちは追われる側になった。相手は僕たちの試合を研究してくる。同じ戦い方では勝てない。

「夏の優勝は過去だ。次は、夏より強いチームを作る」

部長の言葉に、全員が頷いた。

団体戦は一人の強さだけでは勝てない。誰かが苦しいとき、別の誰かが勝つ。五人の勝負を一つにする必要がある。

練習後、紗季と二人で帰った。

「蓮、次はどうしたい?」

「団体戦で優勝したい。今度はもっと強くなって」

紗季は夜空を見上げた。

「私も、いつか名人を目指したい」

僕は足を止めた。

「……名人?」

「うん。あの舞台に立って、自分がどこまで行けるか知りたい」

僕は笑った。

「じゃあ、僕も負けない」

そのとき初めて、紗季の夢が兄を追うためだけのものではないと感じた。

第三章 十一月――三人の畳

十一月の休日、久しぶりに三人が実家に集まった。

兄の怜は医学部の勉強の合間を縫って帰ってきた。古い札を出すと、紗季が笑った。

「この札、懐かしいね」

僕たちの両親は二人とも医師で、大学病院に勤務している。幼いころから家にいないことが多かった。だから僕たち三人にとって、この畳は特別だった。

ここで兄に負け、紗季を追いかけ、三人で何時間も札を取り合った。

「兄さん、本当にもうかるたをやらないの?」

「今は医学のほうが大事だと思ってる。でも、お前たちが続けてくれている。それで十分だよ」

紗季が静かに聞いた。

「怜くんは……名人を目指さないの?」

兄は首を横に振った。

「今は考えてない」

紗季は札を見つめた。その表情に、僕は気づいた。

紗季はまだ、兄を特別な存在として見ている。

けれど、兄が競技から離れた今、紗季は自分自身の夢を見始めている。

第四章 十二月二十四日――二人のクリスマスイブ

クリスマスイブ。練習が終わるころ、紗季が言った。

「蓮、このあと時間ある?」

「あるけど」

「少し歩かない?」

僕の心臓が跳ねた。

二人で街を歩く。冷たい空気の中、イルミネーションが輝いていた。

公園のベンチに座ると、紗季が言った。

「高校のころ、三人で過ごしたクリスマス、覚えてる?」

「覚えてる。兄さんがケーキを買ってきてくれた」

「あのころは、ずっと三人でいられると思ってた」

僕は黙った。三人の道は、もう少しずつ別れている。

しばらくして紗季が僕を見た。

「蓮。夏の大会、本当にありがとう」

「僕だけじゃない。みんなで勝ったんだ」

「でも、最後に取ってくれたから。あのとき、すごく頼もしかった」

僕は言葉を失った。

ずっと欲しかった言葉だった。

「……ありがとう」

駅の前で、紗季が笑った。

「また来年も、一緒に頑張ろうね」

「うん」

好きだとは言えなかった。兄への思いを知っているからこそ、今はこの距離を大切にしたかった。

第五章 一月一日――二人の初詣

新年。晴れた朝、僕は紗季と待ち合わせて神社へ向かった。

参道には大勢の人がいた。二人で賽銭を入れ、並んで手を合わせる。

次の団体戦で優勝できますように。

そして、紗季が自分の夢をかなえられますように。

目を開けると、紗季もまだ目を閉じていた。

「何をお願いしたの?」

「秘密」

「ずるいな」

二人で笑った。

甘酒を飲みながら、今年の目標を話した。

「今年は団体戦で絶対優勝したい」

「うん」

「それから……個人でも、いつか名人を目指せるくらいになりたい」

僕は紗季の横顔を見た。

「本気なんだね」

「うん。本気。昔は怜くんが強くて、ずっと追いかけてた。でも今は、自分がどこまで行けるか知りたいの」

その言葉が嬉しかった。

紗季は、もう兄の背中だけを追っているわけではない。

「じゃあ、僕も負けない。団体戦も、個人も」

「欲張り」

「A級だからね」

紗季は笑った。

第六章 正月の終わり――名人への思い

正月休みが終わり、部の練習が再開した。

次の目標は、団体戦の優勝だった。

僕は速さだけに頼らず、相手を読み、仲間の状況を見て、最後の一枚を任される選手になろうと決めた。

紗季も変わった。以前より積極的に攻め、強い相手にも真正面から勝負するようになった。

ある日の練習後、紗季が言った。

「蓮、次の団体戦、絶対優勝しよう」

「うん。今度はもっと強いチームになろう」

「それから……私、名人を目指したい」

その言葉には、以前とは違う強さがあった。

高校時代、紗季は兄と同じくらい強かった。そして、兄に特別な思いを抱いていた。

けれど今、その思いは少しずつ形を変えようとしている。

兄への憧れ。

追いつきたいという気持ち。

そして、自分自身がどこまで行けるのか確かめたいという夢。

それらすべてが、「名人」という一つの頂点へ向かっている。

僕は、その夢を邪魔したくなかった。

むしろ、いつか同じ高さで競いたかった。

「じゃあ、僕がその相手になる」

紗季が笑った。

二人は畳の上で向かい合った。

札を並べる。

冬の夕暮れが窓から差し込む。

読み手が声を出す。

一枚目。

僕の手が動く。

紗季の手も動く。

二人の手が、同じ札の上で止まった。

目が合う。

そして、二人とも笑った。

次の目標は団体戦の優勝。

その先には、個人としてのさらなる高み。

そして紗季には、名人という夢がある。

兄を追いかけていた少年も、兄に憧れていた少女も、もう誰かの背中だけを見てはいない。

それぞれが、自分自身の頂点を目指して歩き始めていた。

僕は思う。

いつか紗季が名人を目指す舞台に立つなら、僕もそこへ行きたい。

そして、そのときこそ、彼女に自分のすべてをぶつけたい。

冬の畳に、札を払う音が響いた。

新しい一年が、始まった。

――第二部・秋冬編 完――

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