夏の札に、君を追う ― 第五部「君と描く未来」
夏の札に、君を追う
第五部「君と描く未来」――恋人になった二人、名人・クイーンへの道、家族、そして来年の勝負へ
第一章 夏の終わり――二人だけの答え
夏の団体戦で優勝してから、季節は少しずつ秋へ向かっていた。
大会が終われば、法学部の講義、教育学部の課題、かるた部の練習という日常が戻ってくる。
けれど、僕――桐生蓮の日常には、一つだけ大きな変化があった。
水野紗季との関係だった。
僕たちは、以前のように「幼馴染だから」という言葉だけでは説明できない時間を過ごすようになっていた。
ある夕方、駅へ向かう道で紗季が立ち止まった。
「蓮。私……蓮のことが好き」
ずっと聞きたかった言葉を、すぐには信じられなかった。
「……本当に?」
紗季は少し恥ずかしそうに笑った。
「うん。気づいたら、蓮と一緒にいる時間が一番大切になってた」
僕も、胸の奥にしまっていた気持ちを伝えた。
「僕も、紗季が好きだ」
大げさな言葉も、特別な場所もなかった。けれど、その瞬間、長い間の気持ちが一つの形になった。
僕たちは、恋人になった。
紗季が笑う。
「これからも、かるたでは負けないからね」
「僕だって」
恋人になったからといって、札の前では甘くならない。それが、僕たちらしかった。
第二章 秋――家族に伝える
秋の休日、紗季が久しぶりに僕の実家へ遊びに来た。
昔から何度も訪れている家だった。僕たちが小学生だった頃も、高校生だった頃も、三人で札を囲んだ場所だ。
父と母は大学病院で働く医師で、休日でも仕事が入ることが多い。それでも、その日は二人とも家にいた。
食卓を囲むと、母が笑った。
「二人とも、なんだか雰囲気が変わったわね」
僕も紗季も顔を赤くする。
父が尋ねた。
「大学生活はどうだ?」
「順調だよ。かるたも、勉強も」
紗季が続けた。
「私、クイーンを目指したいんです」
父は少し驚いたが、静かに頷いた。
「蓮は?」
「僕も、名人を目指す」
父は笑った。
「自分で決めた道なら、最後までやってみなさい。ただし、大学の勉強も大切だ」
そこへ兄の怜が帰ってきた。
「……付き合ってる?」
二人が固まると、怜は笑った。
「やっぱり。二人とも分かりやすい」
そして紗季に言った。
「もう俺を気にしなくていいよ。二人は二人の人生を歩けばいい」
紗季は静かに頷いた。
長い間、三人の間にあった過去が、少しずつ整理されていった。
第三章 秋の設計図――名人とクイーンへの道
恋人になった僕たちは、夢だけでなく将来についても話すようになった。
大学をどうするか。卒業後、どんな仕事をするか。かるたをどこまで続けるか。そして二人の人生をどう組み立てるか。
練習帰り、紗季が言った。
「私、卒業してからもクイーンを目指したい」
「僕も。卒業後も名人への道を続けたい」
「仕事をしながらでも?」
「できるように準備する」
僕は法学部で学んだことを将来の仕事につなげながら競技を続け、紗季も教育の道を学びながら競技生活を続ける未来を考えていた。
大学卒業後も練習環境を確保し、遠征や大会の日程を調整する。簡単ではない。それでも、最初から諦めるつもりはなかった。
「じゃあ、二人で予定表を作ろうか」
「人生の?」
「まずは来年の大会から」
二人で笑った。
大会、練習、大学の試験、将来の進路。スマートフォンに一つずつ予定を並べていく。
夢は、口にするだけでは未来にならない。日々の生活の中に置いて、初めて道になる。
第四章 冬――勝つための練習
十一月、十二月。夏の優勝から時間が経つにつれて、新しい課題が見えてきた。
優勝したことで、相手から研究されるようになった。僕の取り方、紗季の得意札、チームの配置、団体戦での流れ。
次の大会では、相手が僕たちを分析してくる。だから僕たちも変わらなければならない。
僕は終盤の集中力を鍛えた。紗季は苦しい場面での判断力を磨いた。
二人で対戦するときは、あえて苦手な形を作った。負けることも増えた。
「本番で負けるより、練習で負けた方がいい」
紗季が言った。
「その通り。もう一回やろう」
恋人になったからといって、練習で手加減はしない。むしろ以前より厳しくなった。
好きだからこそ、強くなってほしい。
そんな関係が、僕たちには合っていた。
第五章 年末――三人の食卓
年末、家族と紗季で食卓を囲んだ。
昔と同じ風景だった。ただ一つ違うのは、僕と紗季が恋人になったことだった。
「来年はどうするの?」
母に聞かれ、僕は答えた。
「団体戦で連覇を狙う。個人戦では名人への道を進む」
紗季も続けた。
「私はクイーンを目指すための土台をもっと作りたいです」
怜が言った。
「勝つことだけを考えるなよ。大学も、仕事も、家族も、全部人生の一部だ」
僕は黙って聞いた。
名人やクイーンという目標は、すぐに届くものではない。だからこそ、長い時間を見る必要がある。
家族との時間、学業、仕事、競技生活、そして二人の生活。そのすべてを大切にしながら夢を追う。それが僕たちの新しい目標になった。
第六章 新年――来年の勝負
新年。僕と紗季は、また二人で神社へ向かった。
一年目の正月に訪れた場所だった。あのとき、僕たちはまだ恋人ではなかった。
今は違う。
境内を歩くと、紗季が僕の手を握った。人混みの中で、手を離さない。僕も握り返した。
「去年は、こんな未来になるなんて思わなかったね」
「うん。今年は、もっと強くなろう」
「団体戦も連覇。個人戦も。名人とクイーンへの道も」
二人で笑った。
参拝を終えると、紗季が小さな声で言った。
「蓮。これから先も、一緒にいてね」
「もちろん」
それは恋人としての約束であり、競技者として、大学生として、一人の人間として互いの人生を応援する約束でもあった。
第七章 春へ――二人の未来図
冬の練習は続いた。
寒い畳の上で、何度も札を並べる。取りを繰り返す。負ければ悔しがり、勝てば次の課題を探す。
僕たちは少しずつ強くなっていった。
そして、来年の夏には再び団体戦が待っている。
連覇という目標。
けれど、視線はもっと先にも向いていた。
僕は名人への道を歩く。紗季はクイーンへの道を歩く。
そのために大学生活を大切にする。卒業後の仕事についても考える。競技を続けられる環境を作る。家族との関係も大切にする。そして、恋人として互いの夢を支える。
それは、まだ未来の設計図にすぎない。予定通りにいかないこともあるだろう。
未来は、まだ決まっていない。だからこそ、自分たちで作っていく。
ある日の練習後、僕たちはいつものように駅へ向かった。
「来年、もっと強くなろうね」
「うん」
「名人とクイーン、いつか本当に目指せるかな」
「目指すんじゃない。目指し続けるんだよ」
紗季は笑った。
二人の手が自然につながった。
昔は、兄の背中を追っていた。
今は違う。僕には僕の道がある。紗季にも紗季の道がある。そして、その二つの道は、同じ未来へ向かって並んでいる。
団体戦の連覇。名人への挑戦。クイーンへの挑戦。大学卒業後の人生。そして、二人で築いていく未来。
札を追うだけだった青春は、いつしか人生そのものを考える時間へ変わっていた。
次の春、また新しい戦いが始まる。
二人は恋人として、仲間として、そしてライバルとして。同じ畳の上で、それぞれの頂点を目指していく。
――第五部「君と描く未来」 完――
次章へ続く。
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