夏の札に、君を追う ― 第三部「二人の頂」

夏の札に、君を追う ― 第三部「二人の頂」

夏の札に、君を追う

第三部「二人の頂」――春から夏の団体戦、一回戦まで

第一章 四月――新しい春

春が来た。

桜の花びらが舞うキャンパスを歩きながら、僕――桐生蓮は、二年目の大学生活を始めた。

法学部の講義、かるた部の練習、そして大会。一年目とは違う忙しさがあった。

けれど、僕には一つだけ変わらないものがあった。水野紗季。幼いころから一緒に札を囲み、高校時代には同じかるた部で戦い、今は大学でも同じチームにいる。

そして僕は、彼女を好きだった。

ただ、その気持ちを言葉にするつもりはなかった。紗季が兄の怜に特別な感情を持っていたことを、僕は知っていたからだ。

けれど、最近の紗季は少し変わっていた。

「私、自分のかるたで勝ちたい」

その言葉を聞くたび、僕は嬉しくなった。

兄を追うためではない。紗季自身が、自分の頂点を目指している。

僕も同じだった。いつか名人を目指す。紗季はクイーンを目指す。そして、まずは二人で団体戦の頂点を取りにいく。

僕たちは、同じ方向を見始めていた。

第二章 五月――団体戦のメンバー

五月になると、夏の団体戦へ向けたメンバー選考が始まった。

大学のかるた部にはA級選手が何人もいる。前年の優勝メンバーだからといって、今年もレギュラーになれる保証はない。

僕は速さだけに頼らず、相手の呼吸を読み、チームの状況を考えて勝負することを意識した。

紗季も必死だった。「もっと強くなりたい。クイーンを目指すなら、まだ足りない」と彼女は言った。

やがて団体戦のメンバーが発表された。僕の名前が呼ばれ、そして紗季の名前も呼ばれた。

僕たちは再び、同じチームとして戦うことになった。

団体戦で優勝する。それが、二人の春の目標になった。

第三章 六月――恋人未満

六月。練習はさらに厳しくなった。

僕と紗季は、部活の前後に二人で残ることが増えた。札を読む。取りを確認する。互いの癖を指摘する。

「蓮、今の攻め、少し早すぎる」

「でも、あそこで攻めないと流れが変わる」

「それは分かる。でも、団体戦なら次の札まで考えないと」

意見がぶつかっても、最後には二人で笑った。

いつからだろう。紗季と二人でいることが当たり前になっていた。

帰りに駅まで歩く。休日に練習する。試合の動画を見ながら話す。食堂で隣に座る。

恋人ではない。でも、幼馴染という言葉だけでは足りない。

僕たちの関係は、少しずつ変わっていた。

第四章 七月――名人とクイーン

夏の大会が近づいたある日、紗季が聞いた。

「蓮、本当に名人を目指すの?」

「うん。自分がどこまで強くなれるか知りたいから」

紗季は札を一枚持ち上げた。

「私も同じ。昔は、怜くんみたいになりたかった。でも今は、自分が自分であるために、クイーンを目指したい」

僕は紗季を見た。そこには、もう兄の背中だけを追う少女はいなかった。

「じゃあ、僕が名人を目指して、紗季がクイーンを目指す」

「うん」

「その途中で、何度も戦うんだろうな」

「たぶんね」

二人は笑った。

いつか、この人と同じ高さで戦いたい。

第五章 七月末――決戦前夜

大会前日。最後の練習が終わった。

僕と紗季は少しだけ部室に残った。

「明日だね」

「うん」

「蓮、明日、隣で戦えるの、嬉しい」

胸が熱くなった。

「僕も」

少し沈黙した。

「なんか、昔とは違うね。私たち」

僕は答えられなかった。

二人とも分かっていた。僕たちはもう、ただの幼馴染ではない。

けれど、まだ恋人でもない。その曖昧な距離が、今は心地よかった。

第六章 夏――団体戦、一回戦

大会当日。全国から強豪チームが集まり、会場は熱気に包まれていた。

「お願いします!」

五人の声が重なった。

一回戦、相手は予想以上に速かった。僕は序盤に二枚を失った。

そのとき、隣の紗季が鋭く札を取った。

彼女は一瞬だけ僕を見た。言葉はない。けれど、それだけで十分だった。

落ち着いて。

僕は息を整えた。次の読み。一音目。手が動く。札が飛ぶ。

一枚、二枚、三枚。流れが戻った。

終盤、僕の前には残り二枚。相手も二枚。

紗季の試合は、すでに終わりかけていた。彼女がちらりと僕を見る。

最後まで、行こう。

僕は相手陣を攻めると決めた。

読み手の声。僕の手が伸びる。札が飛んだ。

取った。

その一枚で、チームの勝利が決まった。

歓声が上がった。紗季が駆け寄ってきた。

「勝ったね」

「うん」

「去年より、強くなったね」

「紗季も」

二人で笑った。

けれど僕の胸には、さらに先の景色が浮かんでいた。

団体戦では同じチームとして。

個人戦では、それぞれ名人とクイーンを目指す選手として。

そしていつか、互いのすべてをぶつける日が来る。

その日まで、僕は紗季の隣にいたい。

恋人ではない。けれど、もう幼馴染だけでもない。

僕たちは、同じ夢を追う仲間であり、互いを高め合うライバルだった。

名人を目指す僕。クイーンを目指す紗季。そして、二人で目指す団体戦の頂点。

夏の大会は、まだ始まったばかりだった。

――第三部「二人の頂」 完――

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