碁盤の向こうへ 第七部 ― プロへの扉 ―
碁盤の向こうへ 第七部
― プロへの扉 ―
プロ試験の連戦、受験勉強、そして新しい一歩
第一章 夏の終わりに見えた扉
夏の団体戦で優勝した日の夜から、美緒の生活は少しだけ変わった。
周囲からは祝福された。けれど、美緒自身は知っていた。団体戦で勝ったことと、プロになれることは別なのだ。
院生としての対局。その先には、プロ棋士になるための試験が待っている。
初めて、美緒は不安を言葉にした。
幼いころから本因坊秀策に憧れ、祖父と碁を打ち、玲奈の背中を追ってきた。だが「なりたい」と「なる」は違う。
美緒は祖父の碁盤に手を置いた。
盤の上には何も置かれていない。その空白が、美緒には未来そのものに見えた。
第二章 プロ試験、最初の一局
試験の日。会場に入った瞬間、美緒は空気の違いを感じた。
ここにいる全員が、同じものを求めている。プロになるための一席。
手のひらが汗ばんだ。
対局開始。序盤は互角だった。しかし中盤、相手の鋭い切りが入った。
美緒は読みを進める。時間が減る。迷いも増える。
それでも一手を決めた。激しい戦いの末、終局。
嬉しい。しかし喜びより先に、次の対局への緊張が押し寄せてきた。
第三章 二局目――勝っても不安
二局目はさらに苦しかった。相手は序盤から積極的に仕掛けてくる。
美緒は一つの石を捨て、中央へ飛び込んだ。
激しい読み合い。逃げれば厚みを許す。攻めれば自分の石も危ない。
美緒は攻めることを選び、何とか勝利した。
控室に戻った美緒は、しばらく動けなかった。
勝ったのに不安だった。次も勝てる保証はない。プロになりたいという夢が、初めて具体的な重さを持って胸にのしかかってきた。
第四章 三局目――初めての敗北
三局目。美緒は負けた。
中盤で取り返そうと無理をし、大きな石を逃がせなくなった。
その言葉を口にした瞬間、胸が空っぽになった。
その夜、玲奈に棋譜を送った。
さらに玲奈は続けた。
美緒は棋譜を並べ直した。負けた原因は一手ではなかった。小さな迷いが積み重なっていた。
第五章 盤の前で泣いた夜
美緒は祖父の碁盤の前で、敗局を何度も並べた。
どこで怖くなったのか。どこで欲が出たのか。どこで相手を見失ったのか。
棋譜は、ただの石の記録ではない。そのときの自分自身の記録だった。
涙を拭き、美緒は再び碁石を握った。
第六章 受験勉強という、もう一つの戦い
プロ試験の合間にも高校生活は続いていた。
美緒は両親との約束を思い出した。囲碁を続けてもいい。ただし、学業をおろそかにしない。
将来は両親と同じように教育の道にも関わりたい。大学で学びながら、囲碁を続ける人生も考え始めた。
そこで候補を国立大学に絞り、囲碁の活動、学部、入試科目、必要な学力を調べ始めた。
放課後は院生対局。夜は数学、英語、国語。週末は囲碁と受験勉強。
机の右には棋譜。左には参考書。美緒にとって、それは二つの未来を同時に育てる時間だった。
第七章 玲奈のプロ生活
休日、美緒は玲奈の公式戦を見に行った。
玲奈はプロ棋士として、以前とは違う表情をしていた。対局中の集中力、時間の使い方、相手の手を待つ姿勢。その姿は、美緒が追い続けてきた背中だった。
玲奈は笑った。
美緒はその言葉を胸に刻んだ。
第八章 試験終盤――心を整える
プロ試験が終盤に入ると、勝ち星が増えるほどプレッシャーも強くなった。
朝起きても試験。食事中も次の相手。机に向かっても碁盤が頭から離れない。
美緒は対局前の習慣を作った。
二回目。相手を見る。
三回目。自分の碁を思い出す」
深呼吸を三回。盤全体を見る。
それだけで、少しずつ心が落ち着くようになった。
第九章 最後の連戦
最後の数局は、まさに連戦だった。
一局目は勝利。二局目も終盤の逆転で勝利。三局目は最後まで粘って半目勝ち。
しかし、その先にはさらに強い相手がいた。
中盤、美緒の大石が危なくなる。
美緒は盤全体を見た。
自分だけを見ない。相手を見る。盤全体を見る。
美緒は反撃した。激しい読み合いの末、相手の石が崩れる。
勝った。
最後の対局を終えた美緒は、椅子に座ったまましばらく動けなかった。
怖かった。何度も自分を疑った。それでも盤の前から逃げなかった。
第十章 合格
結果発表の日。美緒は画面を開くことができなかった。
玲奈からメッセージが届いた。
美緒は目を閉じ、画面を開いた。
そこに、自分の名前があった。
涙が出た。嬉しい。でも、それ以上に祖父の顔が浮かんだ。
玲奈にも連絡した。
美緒はその言葉を見て、また泣いた。
夢が叶った。しかし、終わりではない。
第十一章 プロ棋士になるということ
合格後、美緒は静かな緊張を感じていた。
これからはプロとして棋譜を残していく。勝てばプロとしての一勝。負ければプロとしての一敗。
玲奈は笑った。
美緒は頷いた。
それこそが、祖父から教わった最も大切なことだった。
第十二章 本因坊への道
夜、美緒は一人で碁盤の前に座った。
プロ棋士になった。本因坊秀策への憧れは、むしろ強くなっていた。
大学受験もある。国立大学への進学も目指す。プロとしての研究も続ける。玲奈との再戦も実現させたい。
机の右には囲碁の棋譜。左には大学受験の参考書。中央には祖父から受け継いだ碁石。
一つを選ぶのではない。自分の力で、すべてを積み上げていく。
第十三章 新しい朝
翌朝。美緒はいつもより早く起きた。
プロ棋士としての最初の一日。そして高校生としての一日。受験生としての一日。
やるべきことは、何も変わらない。
碁盤に向かう。参考書を開く。棋譜を研究する。学校へ行く。そして、また碁盤に戻る。
「私はプロ棋士になった。でも、ここからが本当の始まり。」
院生として勝てなかった日々も、負けて泣いた夜も、玲奈に教えられたことも、仲間と団体戦の頂点に立ったことも、すべてが今につながっている。
これからは、プロ棋士として一局ずつ積み重ねる。
大学にも進む。学ぶことをやめない。人としても、棋士としても成長する。
そして、いつの日か――本因坊の名を、自分の夢として追いかける。
遠い夢でもいい。届かないと思われてもいい。一手ずつ進めばいい。
美緒は碁石を握った。
「次の一手へ。」
プロ棋士・美緒の物語は、ここから始まった。
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