万座の夏、僕が僕を選ぶまで 最終章一年後の万座高原

最終章 一年後の万座高原

最終章 一年後の万座高原


一年後の夏。

アルフレッド・神崎は再び日本行きの飛行機に乗っていた。

窓の外には雲海が広がっている。

去年とは違った。

帰省ではない。

義務でもない。

自分が帰りたいと願った場所へ向かっている。

万座高原。

祖父母の温泉旅館。

そして。

真由が待っている場所。


夕方。

旅館へ到着すると、玄関の前に見慣れた顔が並んでいた。

祖母。

祖父。

健一。

美香。

陸。

そして。

真由。

去年より少し背が伸びていた。

真由もアルに気付く。

数秒間、お互い見つめ合う。

真由が先に口を開いた。

「久しぶり。」

アルは少し緊張した。

一年前なら翻訳アプリを開いていた。

だが今は違う。

アルは日本語で答えた。

「うん。久しぶり。」

真由の動きが止まる。

「えっ?」

「今の日本語?」

「日本語。」

「えっ!?」

「ちょっと待って!」

「本当にしゃべれてる!」

陸も飛び出してくる。

「マジか!」

「アル、日本語じゃん!」

健一が大笑いする。

「一年でそこまで覚えたのか!」

アルは照れながら答えた。

「毎日勉強した。」

真由が聞く。

「なんで?」

アルは少し笑った。

「約束したから。」

真由は言葉を失った。

そして少しだけ顔を赤くした。


翌日。

二人は去年の秘密基地へ向かった。

森の中の小さな小屋。

一年経った今でも残っていた。

真由がドアを開く。

「懐かしいね。」

「うん。」

「最初の日、覚えてる?」

アルは笑った。

「翻訳アプリ。」

真由も笑う。

「全然会話できなかった。」

「真由の英語も大変だった。」

「うるさい。」

二人が同時に笑う。

去年より自然だった。

スマホを見る必要がない。

相手の目を見て話せる。

それだけで嬉しかった。


帰り道。

二人は川沿いを歩いていた。

風が吹く。

水の音が聞こえる。

真由がふいに聞いた。

「大学どう?」

アルは少し考える。

「楽しい。」

「へえ。」

「前はそうじゃなかった。」

「今は違う。」

「研究もする。」

「テニスもする。」

「友達とも遊ぶ。」

「全部やる。」

真由が笑う。

「欲張りだね。」

「そうかな。」

「前のアルなら研究しか言わなかったと思う。」

アルは少し黙る。

そして言った。

「真由たちのおかげ。」

真由が歩みを止めた。

「私たち?」

「うん。」

「ここへ来るまで。」

「生きるのが苦しかった。」

真由は何も言わない。

アルは続けた。

「でも。」

「みんなと遊んで。」

「笑って。」

「ご飯食べて。」

「人生って楽しくていいんだって思えた。」

真由は少し照れたように笑った。

「大げさ。」

「本当。」

「じゃあ私に感謝しなさい。」

「ありがとう。」

「即答!?」

アルは笑った。


その夜。

旅館の露天風呂から星空を見上げる。

去年と同じ景色。

でも自分は違う。

研究に追われるだけだった日々。

何のために生きているのか分からなかった毎日。

あれはもう過去だった。

今は自分で選んでいる。

研究も。

友人も。

未来も。

全部。

自分で。


翌朝。

真由が旅館へやって来た。

「今日どうする?」

アルは笑う。

「遊ぶ。」

「研究は?」

「休み。」

「偉い。」

「だろ?」

真由が驚く。

「そんな冗談言うようになったんだ。」

「一年で成長した。」

「自分で言うな。」

二人の笑い声が夏空に響く。

そしてアルは思う。

来年も帰って来よう。

その次の年も。

この場所へ。

自分の人生を取り戻した場所へ。

大切な人たちが待っている場所へ。


―― 完 ――

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