万座の夏、僕が僕を選ぶまで 外伝第四部「家族になり直す夏」
外伝第四部 家族になり直す夏
― 神崎家、万座高原へ ―
ニューヨークから戻って二週間後。
万座高原の神崎温泉旅館は、 かつてないほど賑やかだった。
旅館の前に大型車が止まる。
最初に降りてきたのはジョナサンだった。
その後ろから恵子。
さらにアレックス。
アレックスの妻。
娘のエマ。
息子のノア。
まるで親戚の大移動だった。
真由は旅館の前で固まっていた。
「ちょっと待って。」
「何人いるの?」
アルは苦笑した。
「僕もそう思う。」
「大家族すぎない?」
「否定できない。」
陸も飛び出してくる。
「うわっ!」
「子供だ!」
エマが少しだけ隠れる。
真由はしゃがみ込んだ。
「こんにちは。」
エマは真由を見る。
しばらく見つめていたが、 突然言った。
「かわいい。」
真由が吹き出した。
「人生で初めて言われた!」
周囲が笑う。
夕方。
ジョナサンと健一は縁側に座っていた。
湯呑みから湯気が立ち上る。
二人とも性格は正反対だった。
健一が聞く。
「弁護士って楽しいか?」
ジョナサンは考える。
そして答えた。
「難しい質問だな。」
「好きではある。」
「でも楽しいかと言われると分からない。」
健一は笑った。
「俺は旅館楽しいぞ。」
ジョナサンが少し驚く。
「毎日同じことの繰り返しじゃないのか。」
「違う。」
「お客さんが毎日違う。」
「帰る時の顔も違う。」
「ありがとうって言われると嬉しい。」
ジョナサンは黙った。
そんな尺度で仕事を考えたことがない。
勝ったか。
負けたか。
利益が出たか。
いつもそれだけだった。
夜。
アルとジョナサンは露天風呂にいた。
二人きりだった。
アルが聞く。
「父さん。」
「なんだ。」
「後悔してる?」
ジョナサンは星空を見上げた。
「少しな。」
アルは驚く。
父は続けた。
「お前たちに。」
「勝ち方ばかり教えた。」
「生き方は教えなかった。」
静かな沈黙。
アルは小さく言う。
「今からでも遅くないと思う。」
ジョナサンは少し笑った。
「真由の影響か?」
「多分。」
二人とも少し笑った。
その夜。
突然エマが泣き始めた。
高熱だった。
アレックスは青ざめる。
「病院!」
「医者!」
「救急車!」
完全にパニックだった。
すると祖母が言った。
「落ち着きなさい。」
「でも!」
「まず抱っこ。」
「え?」
「抱っこしてあげなさい。」
アレックスは戸惑う。
だがエマを抱き上げた。
小さな体。
熱い額。
エマが泣きながら言う。
「パパ。」
「ここにいて。」
その瞬間。
アレックスの目から涙が落ちた。
誰かに必要とされる。
成果ではなく。
肩書きでもなく。
自分自身が。
そんな経験は久しぶりだった。
翌朝。
熱は下がっていた。
エマは元気に走り回る。
真由が笑う。
「良かったね。」
アレックスはうなずく。
「本当に。」
そこへエマが飛び込んできた。
「パパ!」
「だいすき!」
アレックスは言葉を失った。
ケンブリッジ卒業の日より。
会社を創業した日より。
嬉しかった。
その夜。
旅館の屋上。
アル。
真由。
アレックス。
ジョナサン。
四人で星空を見上げていた。
しばらく誰も話さない。
やがて真由が言った。
「ねえ。」
「なに?」
「神崎家って面倒くさいね。」
一瞬沈黙。
そして全員が吹き出した。
ジョナサンまで笑っていた。
アルは驚く。
父のそんな笑顔を見たのは初めてだった。
万座高原の星空の下。
神崎家は少しずつ、 家族になり直していた。
◇ 外伝第四部 家族になり直す夏 終 ◇
To Be Continued...
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