白球の向こう側 ― 泉州の空に跳べ ―

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白球の向こう側

― 泉州の空に跳べ ―

大阪府立・泉陵高等学校 女子バレーボール部物語

物語について

大阪府立・泉陵高等学校。

創立百年を超える府立の名門進学校。大阪大学をはじめ、全国の難関大学へ多くの卒業生を送り出している。

そんな学校には、全国レベルの女子バレーボール部があった。

部員たちは、勉強でも、バレーでも競い合う。

「学業の成績が落ちれば、コートには立てない」

大阪・堺を中心とする商売人の家庭で育った少女たち。全日本代表候補のエース。ブラジルから来た留学生。

それぞれ違う夢を持つ少女たちが、大阪府大会の頂点を目指して戦う。

第一章 朝六時の体育館

午前六時十五分。

まだ大阪の街が完全には目を覚ましていない時間。

泉陵高校の体育館には、すでにボールの音が響いていた。

「一本!」

「はいっ!」

床を蹴る音。シューズが擦れる音。ボールが腕に当たる乾いた音。

「もう一本!」

コート中央に立っているのは、三年生の神崎美緒だった。

身長185センチ。ポジションはアウトサイドヒッター。

高校生ながら全日本女子代表の強化合宿に招集された経験を持つ。

しかし美緒は、誰よりも早く体育館に来る。

「府大会まであと三週間。一本でも多く打たないと」

泉陵高校では、それが普通だった。

第二章 赤点はコートに立てない

朝練が終わると、全員が教室へ向かう。

泉陵高校では、部活動より授業が優先される。

文武両道――それが泉陵女子バレー部の伝統だった。

「次の定期考査で平均点を下回った場合、一週間、練習参加禁止とする」

体育館が静まり返った。

「試合直前でもですか?」

「試合直前でもだ」

黒田監督は、静かに言った。

「お前たちは高校生だ。
バレー選手である前に高校生だ」

だからこそ、卒業生の多くが大阪大学へ進学していた。

しかし、その伝統が一年生の佐伯結衣を追い詰めていた。

第三章 ブラジルから来た少女

その日の放課後。

体育館に一人の少女が入ってきた。

長い黒髪。褐色の肌。そして、誰よりも高い跳躍力。

「ブラジルからの留学生、ルイーザ・カルヴァーリョだ」

「よろしくお願いします!」

ルイーザのポジションは、美緒と同じアウトサイドヒッター。

「競争相手……」

ルイーザは笑った。

「あなた、すごい選手。でも、私も負けない」

「私も」

二人の間にあったのは、まだ友情ではなかった。

そこにあったのは――純粋な競争心だった。

第四章 堺の夜

その夜。

結衣は学校から帰ると、制服のまま家の仕事を手伝った。

家は堺市内の小さな金属加工会社。

父親は朝早くから工場へ向かい、母親は経理を担当している。

「お父さん」

「ん?」

「私、大阪大学に行けるかな」

父親は手を止めた。

「行けるかどうかやない。
行くんやろ?」

結衣は笑った。

「うん」

その瞬間、スマートフォンが鳴った。

明日の朝――紅白戦。

結衣にとって、レギュラーを勝ち取るための大切な一日が始まろうとしていた。

第五章 レギュラー争い

翌朝。紅白戦が始まった。

「結衣!」

セッターからボールが飛んでくる。

助走。踏切。跳躍。

――バンッ!

ボールは相手コートに突き刺さった。

しかし、その後もミスが続いた。

試合後、黒田監督は言った。

「今のお前ではレギュラーには届かない」

結衣の胸が痛くなった。

「一番伸びしろがあるのも、お前だ」

結衣は顔を上げた。

「……はい!」

第六章 府大会開幕

そして――大阪府大会。

会場には数千人の観客が集まっていた。

強豪私学。伝統校。公立の強豪。

大阪府の頂点を目指して、各校が集まる。

「お願いします!」

第1セット。泉陵は苦戦した。

25-22。泉陵、第一セットを落とす。

ベンチに戻った美緒は拳を握りしめた。

「一人で戦わない。
バレーは六人」

美緒は顔を上げた。結衣も頷いた。

第七章 JKたちの戦い

第二セット。泉陵の反撃が始まった。

ルイーザのブロック。美緒のバックアタック。結衣のレシーブ。

そして――「結衣!」

結衣にボールが上がる。

助走。踏切。空中。

――ドン!

ボールは相手コートへ突き刺さった。

25-20。セットカウント1-1。

結衣は拳を握った。

しかし――本当の戦いは、ここからだった。

第八章 通知表

試合の翌日。学校では定期考査の結果が返された。

結衣の平均点は86点。

「よし……」

隣を見る。美緒――96点。

ルイーザも必死に日本語の勉強を続けていた。

三人は笑った。

そして、その日の夕方。

「アウトサイド――神崎美緒」
「ルイーザ・カルヴァーリョ」
「そして――佐伯結衣」

結衣の目に涙が浮かんだ。

第九章 大阪の頂点へ

準決勝。相手は全国常連校。

泉陵は追い込まれていた。

23-24。相手のマッチポイント。

サーブが飛んでくる。結衣が受けた。

完璧なレシーブ。セッターがトス。

美緒が跳ぶ。しかし相手ブロックは三枚。

美緒は空中で判断を変え、ルイーザへ。

「ルイーザ!」

強烈なスパイク。しかし相手も拾う。

ラリーが続く。五回。十回。十五回。

そして最後のボールが結衣に来た。

結衣は跳んだ。

その向こうに、ほんの少しだけ空いた場所が見えた。

フェイント。

ボールがふわりと落ちる。誰も触れない。

泉陵高校、決勝進出。

第十章 最後の一本

決勝戦。会場は満員だった。

大阪の強豪校を相手に、泉陵は一歩も引かなかった。

しかし最終セット。

14-14。

あと一点で勝敗が決まる。

監督がタイムアウトを取った。

選手たちは円陣を組む。

美緒が言った。「最後は誰が打つ?」

ルイーザが笑った。「誰でもいい」

「六人で取ればいい」

試合再開。サーブ。レシーブ。トス。

美緒が打つ。拾われる。

ルイーザが打つ。拾われる。

そして――最後にボールが上がった。

「結衣!」

結衣は跳んだ。

空中で一瞬だけ、大阪の空が見えた気がした。

堺の町。父の工場。母の笑顔。朝六時の体育館。テストの点数。レギュラー争い。ルイーザ。美緒。

すべてが頭を駆け抜けた。

「行けえええ!」
――ドンッ!

ボールがコートに落ちた。

一瞬、静寂。

大歓声。

泉陵高校、優勝。
大阪府の頂点。

美緒が結衣に飛びつく。ルイーザも抱きつく。

「やった!」 「勝った!」 「大阪一番!」

結衣は泣いていた。

嬉しくて。悔しくて。苦しくて。

最高に幸せだった。

エピローグ それぞれの春

卒業式。

美緒は全日本代表への道へ。

ルイーザは日本での大学進学を決めた。

そして結衣は――大阪大学の合格通知を手にしていた。

三人は校門の前に立った。

「これで終わりか……」

美緒は首を振った。

「終わりじゃない」

ルイーザが笑う。

「次の試合が始まる」

三人は大阪の空を見上げた。

春の風。桜。そして、遠くから聞こえる電車の音。

少女たちの青春は終わった。

けれど、彼女たちがコートで流した汗と涙は、これから始まる人生の中で、きっと何度でも彼女たちを支えていく。

大阪の空へ跳んだ少女たち。

その戦いは、まだ始まったばかりだった。
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