暁の世界 ― 日本が第二次世界大戦に勝利した世界 ―

暁の世界

― 日本が第二次世界大戦に勝利した世界 ―

プロローグ 1946年・東京

1946年の春、東京の空は青かった。

二年前まで焼夷弾で赤く染まっていた街には、 今では新しい建物が並び始めている。

皇居の近くを走る路面電車。
銀座に並ぶ百貨店。
新聞を抱えて歩く学生たち。

そして、街角には大きな看板が立っていた。

「大東亜新秩序、ここに完成す」

人々はそれを見上げていた。

日本は勝った。

1941年12月、真珠湾攻撃から始まった戦争は、 史実とは異なる結末を迎えた。

ミッドウェー海戦で日本海軍は大勝利を収め、 アメリカ太平洋艦隊は大きな損害を受けた。

さらに日本は、ドイツとの共同作戦によって インド洋を制圧。

イギリスはインドと中東への補給線を失い、 1944年、講和を受け入れた。

ソ連では1945年、東西から挟撃された結果、 政権が崩壊。

ヨーロッパではドイツが大陸の大部分を支配し、 アジアでは日本が巨大な勢力圏を築いた。

1945年11月。

ワシントン講和条約が結ばれた。

アメリカは太平洋西部から撤退。

日本は朝鮮、台湾、満州、中国東部、東南アジア、 太平洋の広大な地域に影響力を持つことになった。

日本では、それを「勝利」と呼んだ。

しかし――。

勝利した国にも、勝利した人々にも、 戦争の傷は残っていた。

そして、その傷はやがて次の時代を 生み出そうとしていた。

第一章 勝者の街

東京大学の講義室で、青年は窓の外を見ていた。

名前は神谷修一

二十七歳。

戦争中は海軍の技術士官として働き、 終戦後は大学に戻っていた。

教授が黒板に世界地図を描いている。

「諸君。
これが現在の世界だ」

赤い線がアジアからヨーロッパまで伸びていた。

「日本圏」
「ドイツ圏」
「そしてアメリカ」

北米だけが青く残っていた。

教授は続ける。

「戦争に勝つということは、 戦争が終わるということではない」

黒板に新しい文字が書かれた。

資源。
技術。
人口。
思想。

「日本は広大な領域を手に入れた。 しかし、それを維持するには莫大な費用が必要だ」

「先生、日本は世界の中心になるのでしょうか?」

教授は少し黙った。

「そうなる可能性はある」

そして、静かに付け加えた。

「だが、世界の中心になった国ほど、 世界中から見られている」

第二章 1948年の世界

1948年。

世界は三つの巨大な勢力に分かれていた。

第一は、日本を中心とする 東亜共同圏

第二は、ドイツを中心とする 欧州帝国圏

第三は、敗戦から立ち直ろうとする アメリカ連邦

表面的には平和だった。

しかし、平和とは戦争がないことだけではない。

東京では毎日のように軍事費削減を求める 議論が起きていた。

一方、満州では巨大な工業都市が建設されている。

上海では日本企業と現地企業の 合弁会社が増えている。

シンガポールには日本海軍の巨大基地が完成した。

インドでは独立運動が続いている。

そして朝鮮では、学生たちによる自治要求が 強まっていた。

日本政府は、それらを 「秩序への挑戦」と呼んだ。

しかし若い世代の一部は違う言葉を使った。

「帝国の矛盾」

修一の友人、高橋蓮は、 その言葉を好んで使った。

「修一、お前は本当に、 この世界が正しいと思っているのか?」

二人は神田の喫茶店にいた。

蓮は新聞をテーブルに置いた。

「戦争に勝ったから、全部正しいのか?」

修一は答えなかった。

「勝った国が正義で、負けた国が悪なのか?」

修一は窓の外を見た。

街には戦争を知らない子供たちが走っている。

「……わからない」

それが、修一の本音だった。

第三章 ベルリンからの電報

1949年。

修一のもとに一通の電報が届いた。

差出人はドイツ政府。

極秘会談への出席を求む。

修一は軍事技術者として、 日独共同研究に参加することになった。

彼がベルリンに到着すると、 街は東京とはまったく違っていた。

巨大な建築物。
軍服姿の兵士。
国家の旗。

そして、至るところに監視カメラが設置されている。

修一は違和感を覚えた。

案内役を務めたドイツ人科学者、 エリザ・ヴァイスが言った。

「日本も似たようなものなのでしょう?」
「でも、あなたは嫌そうな顔をしている」

修一は驚いた。

「科学者は、人間の顔を見るのが仕事ですから」

二人は研究施設へ向かった。

そこで修一は、日本が知らされていなかった 巨大計画を目にする。

新型長距離爆撃機。
超高速航空機。
核兵器。

そして――。

人工衛星。
「ドイツは宇宙へ行きます」
「宇宙?」
「そう。戦争が終わった今、 次の戦場は空の上です」

修一は窓の外を見た。

夜空に星が輝いていた。

その瞬間、彼は理解した。

第二次世界大戦は終わっていない。

戦場が変わっただけなのだ。

第四章 第三次世界大戦の影

1952年。

日本とドイツの関係が急速に悪化した。

原因は資源だった。

シベリア。
中央アジア。
中東。
インド洋。

世界の資源をめぐって両国の利害が 衝突し始めた。

日本政府は、ドイツが中央アジアへ進出することを警戒した。

一方、ドイツは日本がインド洋を独占することを警戒した。

そして両国は、それぞれ核兵器を保有するようになった。

東京では地下に政府施設が作られた。

ベルリンでも同じだった。

世界は奇妙な状態になった。

昨日までの同盟国が、今日には最大の敵になる。

「戦争になると思うか?」
「可能性はあります」
「勝てるか?」
「……核兵器が使われれば、 勝者はいません」

会議室が静まり返った。

その言葉を聞いた瞬間、修一は悟った。

戦争に勝った国が、 今度は戦争そのものを恐れている。

第五章 海の向こうの国

1955年。

アメリカでは新しい大統領が誕生した。

名前はジョナサン・リード

「我々は敗戦国ではない。
我々は、戦争を経験した国だ。
そして我々は、もう一度立ち上がる」

アメリカは急速に工業力を回復させていた。

自動車。
航空機。
コンピューター。
原子力。
宇宙開発。

そして民主主義。

アメリカは日本とドイツのどちらにも属さない 第三の勢力として成長した。

「日本とドイツは、必ず衝突する」
「そのとき、アメリカは?」
「戦争を止める側になる」
「だからこそ、戦争の恐ろしさを知っている」

第六章 東京の夜

1957年。

東京。

修一は高層ビルの屋上から街を眺めていた。

街は繁栄していた。

新幹線。
テレビ。
自動車。
コンピューター。

世界最大級の工業都市。

日本は豊かになっていた。

しかし、自由は少なかった。

新聞には政府の検閲が入り、 政治的な反対運動は厳しく監視されていた。

その夜、突然電話が鳴った。

「神谷です」
「修一か?」
「蓮?」
「生きてるよ」

修一は息を止めた。

「今どこにいる?」
「東京だ」
「刑務所じゃないのか?」
「逃げた」
「日本は変わる」
「どうやって?」
「戦争ではない」
「じゃあ?」
「人間が変わるんだ」

第七章 1960年

1960年。

世界は変わり始めていた。

日本では若者たちが民主化を求めて街頭に出た。

朝鮮では自治権拡大を求める運動が広がった。

東南アジアでは独立を求める声が強まった。

そしてアメリカは月面探査計画を発表した。

日本も対抗して宇宙計画を発表する。

「日の丸を月へ」

世界は宇宙へ競争の舞台を移した。

戦争の時代から、科学の時代へ。

しかし、その裏側では核兵器が増え続けていた。

人類は月へ行こうとしている。
その一方で、
地球を何度も滅ぼせる兵器を作っていた。

第八章 1963年・十月

その日、世界は核戦争寸前まで進んだ。

ドイツ軍が東欧で大規模演習を開始。

日本海軍はインド洋で艦隊を展開。

アメリカは大西洋と太平洋の両方で 警戒態勢に入った。

世界中の人々がラジオに耳を傾けた。

「我々は、第二次世界大戦に勝利した」
「しかし、勝利したことによって、 我々は新しい責任を負った」
「世界を支配する責任ではない」
「世界を滅ぼさない責任だ」

その言葉は、世界中へ放送された。

三大国は、初めて同じテーブルについた。

第九章 新しい世界

1965年。

東京条約が締結された。

核兵器の削減。

植民地の自治権拡大。

国際連合の再編。

国際貿易の自由化。

宇宙空間の軍事利用制限。

各地域の民族が自らの政治体制を選ぶ権利。

日本は、少しずつ帝国から連邦へ変わり始めた。

朝鮮には自治政府が成立した。

台湾では議会の権限が拡大した。

東南アジアでは独立国家が次々に誕生した。

満州では日本・中国・ロシアの 共同経済圏が作られた。

日本国内でも政治改革が進んだ。

蓮が国会議員になったのは、その翌年だった。

「日本が戦争に勝ったことは歴史的事実です」
「しかし、歴史は勝者だけのものではありません」
「敗者の記憶もまた、歴史です」

修一は拍手をした。

最終章 1989年・月

1989年。

修一は八十歳になっていた。

彼は月面基地から送られてきた映像を テレビで見ていた。

月面には、日本、アメリカ、ドイツ、 韓国、インド、中国などの国旗が並んでいる。

基地の中央には、一つの旗があった。

地球を描いた青い旗。
「ここには国境がありません」

修一は笑った。

隣には、年老いた蓮が座っていた。

「なあ、修一」
「俺たちの人生は、勝ったのか?」

修一はしばらく答えなかった。

テレビ画面には、宇宙から見た地球が映っていた。

青い。
小さい。
美しい。

「戦争に勝ったかどうかは、 もう重要じゃない」
「じゃあ何が重要なんだ?」
「その後、何をしたかだ」

二人は地球を見つめた。

1945年。 日本は戦争に勝った。

だが、その勝利は世界を幸福にはしなかった。

勝利は新しい支配を生み、 新しい対立を生み、 そして新しい戦争の危機を生んだ。

それでも人々は、少しずつ世界を変えていった。

帝国から連邦へ。
敵から隣人へ。
戦争から外交へ。
そして地球から宇宙へ。

修一は窓を開けた。

東京の夜空に、一本の光が走っていく。

月へ向かう宇宙船だった。

その光を見ながら、修一は思った。

「歴史は、勝者が書くものじゃない」
「生き残った人間が、次のページを書くものだ」

夜空の彼方で、宇宙船が小さな星になった。

そして地球は、何事もなかったかのように 青く輝いていた。

―― 完 ――

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